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初めまして!

じめまして、私はオレンジリーフの代表を務めさせていただいております、高橋ピョン太と申します。いきなりふざけた名前で申し訳ございません。私、前々職では、雑誌の編集をやっていました関係上、ペンネームを名乗って仕事をすることも多く、いつの間にか本名よりも高橋ピョン太という名前でお仕事をいただくことがふつうになってしまいましたので、こうして新しい方々とお会いする環境になりましても、相変わらずピョン太という名前を名乗らせていただいております。初めて高橋にお会いする方には、いささか失礼ではございますが、名前とは裏腹に仕事にはまじめに取り組みますので、何とぞご容赦くださいますようお願いいたします(自分でまじめをアピールするのもなんですが)。
  それではみなさま、これからこのBlogを通じまして、私、高橋ピョン太、ならびにオレンジリーフの気持ちをお伝えしていきたいと思いますので、今後ともひとつよろしくお願いいたします
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△パンダと高橋。髪が長い:けど男です

2006-04-01 posted by ピョン太

ひょっこり霊岸島って?

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△霊岸橋に咲くソメイヨシノ

突にもはじまった『ひょっこり霊岸島』というタイトルのBlogについて、まずはその主旨についてご説明させていただきます。この先、Blogが進むにつれて文章がやたらに多くなる気がいたしますので、簡単にお話させていただきたいと思います。
  さて、最初に霊岸島という聞き慣れない島についてお話いたします。霊岸島とは、オレンジリーフのオフィスがありますここ東京都中央区新川周辺のことであります。我々オレンジリーフが起業するにあたり最初に選んだその地の名前が、つまり霊岸島です。じつは時代劇では有名な地域にあたりますが、東京の人でも地元の人以外は、この霊岸島についてはあまり詳しくありません。ちなみに霊岸島のお隣は、これまた時代劇ではとても有名な八丁堀になります。
  そんな地域霊岸島に、我々オレンジリーフの面々は突然とひょっこり現れたということになります。最初はとにかく駅に近いところというのでただなんとなくここを選んだのですが、その霊岸島について調べると、じつはなんとそこにはとても大きな縁があったということになるのであります……。
 それではBlog『ひょっこり霊岸島』はじまります!

2006-04-01 posted by ピョン太

オレンジリーフと霊岸島

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△オレンジリーフの窓からのぞく霊岸橋。
、高橋は仕事の節目になるとなんとなく南の島に遊びに行きたくなる、という習性があります(なら南じゃなくてもいいのですが)。その理由は自分にもよくわからなかったのですが、あとからよくよく考えると、高橋の心の中で『島』という響きは現実社会から逃避できる楽園的なイメージが強く、そこに遊びに行くだけでから発せられる島パワーでいろいろなものがリセットされ、そのあと心がリフレッシュされた気分になって、心地よく次の新しい何かにチャレンジできていたんじゃないかな、と思っております。

 これを、今までは無意識にやっていたんです。これまでも就職前、転職、大きなプロジェクトの終了後など節目節目に、沖縄八丈島神津島ハワイ(これは前の会社でのご褒美だった)などに出向いておりました。これって単に遊びに行きたいだけという説もありますが、いやいやからいただけるパワーは、どんな行楽地よりも大きくそのあとの仕事に影響するんです……。

  しかし今回、会社を設立するにあたっては、今までにはない大きな節目なのにもかかわらず、起業の準備で、まったくどころではなかったんです。心持ち、こんな節目には憧れの屋久島に行きたかったんですけど。

 ところがです、会社設立後に知ったんですが弊社オレンジリーフのオフィスがあるここ東京都中央区新川一丁目(東京メトロ茅場町駅周辺)は、なんと霊岸島というだったんです! なんだ、やっぱり節目にはちゃんとに来てるんじゃないかと思いつつ、つながりというとても不思議な縁を感じ(客観的に見ると、ややこじつけっぽいですが)、そしてこの地で起業することがとても楽しみなこととなったのであります。つまりここでも島パワーでリフレッシュできたというわけです。それからというものは、気になる霊岸島のことについて調べあげることに夢中になり、調べれば調べるほど、さらにその縁は深いものであることを実感することとなったのであります……。
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△交差点名からも島であることを確認。

  霊岸島こと中央区新川は、林立するビル群や整備されている広 い道路の作りから、周辺地域からは地続きのような錯覚に陥ります。特にこの地域のメイン通りである永代通りはとても道幅が広く交通量も多いため、おそらくここを歩いている人や、新川周辺の建物に立ち寄った人が、この地域はなんだねって気づくことはあまりないと思います。しかし、前述のとおりこの地域はれっきとしたなんです。それは地図を見ると明らかなのですが、の周囲には隅田川日本橋川亀島川のみっつの川が流れ、隣接する陸地とは九つの橋のみでつながれております。ぜひみなさんも地図上で確認してみてください。上空から見ると「ああ、本当にっぽい」ってわかってもらえるかと思います。

◎霊岸島 GoogleMAP参照(別ウィンドウで開きます)

2006-04-01 posted by ピョン太

霊岸島の名前の由来

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△霊岸島から臨む佃島と中央大橋。川、橋、島、ビルが共存する。

てそんな驚きの霊岸島なんですが、じつはこの島、第三代将軍徳川家光の時代に埋め立てて作った人工島だというのですからさらに驚きです。ちなみに島の造成完了は寛永元年(1624年)とのことですから、380年以上も昔のことなんですね。しかしそんな時代によく島を作るほどの土木技術があったものだと関心しちゃいますが、もっとも江戸の町は徳川家康がこの地に幕府を開いた慶長八年(1603年)のころから、すでに埋め立て事業(?)は始まっていたんでした。ですから三代目の将軍様のころには、もう手慣れたものだったのかもしれません。ちなみに江戸初の埋め立て地は、現在の日比谷周辺で、元からあった江戸城の前の日比谷入江を埋め立てたのが始めだとのこと。以来、江戸は水路(運河)の町に変わり、明治、大正、昭和の初めまで、水上交通が盛んな都市へと成長していったそうな。
  ちなみに霊岸島の名前の由来は、霊巌上人という偉い僧侶が島の造作とともに建立した寺、霊岸寺(霊巌寺)からつけられたとされています。残念ながらその島内の霊岸寺1657年明暦の大火(振り袖火事)にて焼失してしまい、その後霊岸寺は隣町の深川に移転してしまいました。今でも霊岸寺は、深川に存在しています。そしてやや余談でありますが、私高橋は、深川恋太郎というペンネームも持っているのであります……。

どうですか、島つながりという縁を感じていただけましたでしょうか?

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△海にも近いため、カモメも見られる。

2006-04-01 posted by ピョン太

霊岸島に架かる橋と高橋と

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△南高橋。橋の本体は旧両国橋を流用したもの。

ょっと島つながりの話はややこじつけた感もありましたが、では橋の話はどうでしょうか。霊岸島には前述の通り九つの橋が架かっているのですが、その橋の名前にもじつはかなりの縁を感じていたりするのであります。では橋の名前をチェックしてみましょう。弊社近隣の橋から順番に左回りで名前を見ますと、霊岸橋新亀島橋亀島橋高橋南高橋中央大橋永代橋豊海橋、そして湊橋という順になります。ここです、ポイントは四番目の橋、高橋です! なんということでしょう。霊岸島に架かる橋のひとつに、私と同じ名前の橋が架かっていたのです。また明治の初めに活躍した井上安治という版画家の作品に『霊岸島高橋の景』というすばらしい作品があるんです。井上安治は、最後の浮世絵師と呼ばれた小林清親を師事していた画家で、井上自身は明治時代という近代化の波の狭間で浮世絵に文明開化の匂いを取り込んだ、すばらしい作風の画家なんです。
 その井上が霊岸島の風景として高橋を描いていたんです。もっとも橋自体は、現在の高橋に架け替えられる以前の橋の絵なのですが……。

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△霊岸島高橋の景。井上安治、作

2006-04-02 posted by ピョン太