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霊岸島の名前の由来

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△霊岸島から臨む佃島と中央大橋。川、橋、島、ビルが共存する。

てそんな驚きの霊岸島なんですが、じつはこの島、第三代将軍徳川家光の時代に埋め立てて作った人工島だというのですからさらに驚きです。ちなみに島の造成完了は寛永元年(1624年)とのことですから、380年以上も昔のことなんですね。しかしそんな時代によく島を作るほどの土木技術があったものだと関心しちゃいますが、もっとも江戸の町は徳川家康がこの地に幕府を開いた慶長八年(1603年)のころから、すでに埋め立て事業(?)は始まっていたんでした。ですから三代目の将軍様のころには、もう手慣れたものだったのかもしれません。ちなみに江戸初の埋め立て地は、現在の日比谷周辺で、元からあった江戸城の前の日比谷入江を埋め立てたのが始めだとのこと。以来、江戸は水路(運河)の町に変わり、明治、大正、昭和の初めまで、水上交通が盛んな都市へと成長していったそうな。
  ちなみに霊岸島の名前の由来は、霊巌上人という偉い僧侶が島の造作とともに建立した寺、霊岸寺(霊巌寺)からつけられたとされています。残念ながらその島内の霊岸寺1657年明暦の大火(振り袖火事)にて焼失してしまい、その後霊岸寺は隣町の深川に移転してしまいました。今でも霊岸寺は、深川に存在しています。そしてやや余談でありますが、私高橋は、深川恋太郎というペンネームも持っているのであります……。

どうですか、島つながりという縁を感じていただけましたでしょうか?

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△海にも近いため、カモメも見られる。